相続を放棄するときに考慮すべき4つの注意点

亡くなった方に多額の借金があることが分かった場合、あるいは遠い親戚の相続人となった場合、相続をしたくないということもありますよね。

民法では、このように相続をしたくない人のために、相続放棄という選択肢を設けています。

本記事では、この相続放棄がどのような制度なのかを解説したうえで、相続放棄をする場合の注意点を解説いたします。

相続放棄の画像

この記事は次のような方におすすめです。

相続放棄を検討しているが、注意点を知りたい。

相続財産に多額の借金がある場合、放棄できるか知りたい。

遠い親戚の相続人となったが、関わりたくない。

【前提】相続する?しない?相続人がとれる3つの選択肢

相続放棄の概要の前提として、相続が発生したときに相続人がとれる選択肢について説明します。

相続が発生した場合、相続人は相続するかどうかについて、3つの方法から選択することができます。

単純承認:故人の相続財産を、すべて承継します。不動産や預貯金等のプラスの財産も、借入金等のマイナスの財産も、すべて承継します。

限定承認:故人の相続財産をすべて承継しますが、マイナスの財産については、プラスの財産の範囲内でのみ責任を負います。つまり、プラスの財産からマイナスの財産を引いて残った財産のみ承継します。

相続放棄:故人の相続財産は一切承継しません。

3つの選択肢のうち、どれを選択するのかは、相続人が「自己のために相続の開始があったことを知った時」から3か月以内にする必要があります。

そして、この3か月間のことを熟慮期間といいます。
大まかにいえば、相続人は、3か月以内に相続するかどうかを判断しなければなりません。

手続きとしては、①単純承認は、なんらの手続きも必要ありません。熟慮期間が経過するか、熟慮期間中に財産を処分することによって単純承認したものとみなされます。

②限定承認や③相続放棄をする場合は、熟慮期間中に、家庭裁判所で手続きをする必要があります。

なお、②限定承認については、家庭裁判所における手続きが非常に煩雑であり、時間もかかることから、あまり利用はされていません。(不動産や有価証券をお金に換える(競売等)必要があることが多いからです。)

例えば、令和2年度の家庭裁判所における新規事件受理件数は、相続放棄が23万4732件に対し、限定承認は675件です。
(出典:司法統計 令和2年度 家事審判事件の受理,既済,未済手続別事件別件数 全家庭裁判所

相続放棄はどのような制度か。

相続放棄をすると、故人の相続人は、その相続に関しては相続当初より相続人ではなかったものとみなされます(民法939条)。

つまり、故人が保有していた不動産、預貯金等のプラスの財産も、借入金等のマイナスの財産も一切を相続しないということです。

反対にいえば、相続財産一切を相続しないということは「プラスの財産だけを相続し、マイナスの財産だけを放棄する」ということはできないということになります。

相続放棄ができる期間は決まっている。

相続人は、相続放棄をする場合は、相続人が「自己のために相続の開始があったことを知った時」から「3か月以内」に家庭裁判所に「相続放棄申述書」を提出する必要があります。

この3か月という期間は、少しタイトなスケジュールです。
というのは、相続放棄をするかどうかを判断するには、故人の相続人が誰なのかを確認し、どのような財産を保有していたかを確認する必要があるからです。

不動産はあるか、預貯金はいくらあるのか、借入金はあるのか等、1つ1つ相続財産の調査をしていき、全体の財産額を把握しなければ、相続放棄をするメリットがあるかどうかを判断できません。

よって、相続放棄ができる期間が3か月以内であることは認識しながら、速やかに相続手続きを進めていくことが重要となります。

「自己のために相続の開始があったことを知った時」が分かりにくいです。

「故人が亡くなったこと」を知り、かつ「自身が相続人になったこと」を認識した時とされています(大決大正15・8・3民集5巻10号679頁)。
例えば、法律上、自分が相続人になるということが分かっていなかったり、事実を勘違いしてしまって自分が相続人でないと信じていたときは、熟慮期間は進行しません(高松高決昭和48・9・4)。

相続人が複数いる場合は熟慮期間はどう考えればよいですか。

相続人が複数いる場合は、熟慮期間はそれぞれの相続人が「自己のために相続の開始があったことを知った時」から各別に進行します(最判昭和51・7・1家月29巻2号91頁)。
つまり、全員が相続の開始を知った時から進行するわけではありません。

相続放棄ができる期間を過ぎてしまったときは?

とはいえ、故人の財産に関する手がかりが少なかったり、財産がたくさんある場合は、相続が開始してから3か月以内に財産調査が終わらないということもあるかもしれません。

また、財産調査はしたものの、後から思いもよらない借金が見つかるケースもあるでしょう。
このような場合は、相続放棄はできないのでしょうか。

実は、上記のようなケースでも、相続放棄ができる可能性は高いです。

まず、相続放棄の熟慮期間は、あらかじめ家庭裁判所に請求することによって伸長することができます(民法915条第1項ただし書き)。

財産調査に時間を要することが予想される場合は、あらかじめ家庭裁判所に熟慮期間の伸長の請求をしておくとよいでしょう。

また、熟慮期間が過ぎてしまった相続放棄を一切認めないとしてしまうと、事情によっては相続人にとって酷な結果となることもあります。

そこで裁判所は、故人に「相続財産が全くない」と信じていて、諸々の事情を総合して考えると相続財産を調査することが期待できないような「相当な理由」があるときは、熟慮期間が過ぎたとしても、相続放棄を認めています(最高裁昭和59年4月27日判決)。

「相続財産が全くない」ではなく、「相続財産が一部ある」ということを知っていたときでも大丈夫ですか。

裁判所は、相続人が財産の一部について何らかの認識があったとしても、予期せぬ高額の債務が判明したときは相続放棄をおおむね認める傾向にあります。

さて、この「相当な理由」は、例えば、故人と相続人が別居等をしており負債について全く知らされていない場合や、相続債務がないということを誤信していた場合等が判例により認められています。

よって、熟慮期間を過ぎてしまった後に多額の借金があることが分かったとしても、家庭裁判所にその事情を説明することにより、相続放棄をすることができる可能性は高いのです。

熟慮期間が過ぎてしまった相続放棄が認められるかどうかは、多数の判例があり、事情によって結論が異なります。

よって、ご自身で判断するよりは専門家に判断を任せるほうが妥当といえるでしょう。

さらに、相続放棄が認められるためには、上記の「相当な理由」を家庭裁判所へ説明する上申書を作成する必要があります。

しっかりと相続放棄が認められるような文書を作成するためにも、専門家に任せることをお薦めします。

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相続放棄をする際の4つの注意点

相続放棄をする際には、以下の4点に気をつけることが必要です。

相続放棄をする際の注意点

  • 相続放棄をした後に相続人となる人を確認する。
  • 相続放棄をした後も、相続財産の管理責任は残る。
  • 相続放棄をした後は原則撤回は不可能。
  • 単純承認をした後は、相続放棄はできない。

相続放棄をした後に相続人となる人を確認する。

相続放棄をすると、相続人は、その相続に関しては相続当初より相続人ではなかったものとみなされます。相続人ではなかったとみなされるということは、次の順位の相続人に、相続権が移るということです。

例えば、夫が亡くなり、妻と子が相続人となる場合(夫の両親はすでに他界しており、夫には兄がいるとします。)を考えます。このとき、妻と子が相続放棄をすると、夫の相続権は次順位の相続人である夫の兄に移ります。

よって、夫に多額の借金があり、妻と子が相続放棄をした場合は、今度は夫の兄が多額の借金を承継することになるのです。この場合は、夫の兄も相続放棄の判断をする必要があります。

夫の兄からすれば、債権者から急に借金の返済を請求されることになるので、夫の兄と連絡がとれる場合であれば、あらかじめ相続放棄について話をしておくことが親切です。

相続放棄をした後も、相続財産の管理責任は残る。

相続放棄をすると、一切の財産を承継しないことになります。

しかし、相続放棄によって、次に相続人となった人が相続財産の管理を始めることができるまでは、引き続き相続財産に関する管理責任は負うことになります(民法940条第1項)。

たとえば、空き家が相続財産に含まれている場合、相続人である配偶者や子が相続放棄をしたとしても、相続放棄によって次の相続人となった故人の兄弟が管理を開始できるまでは、空き家の管理責任を負うことになるのです。

ただし、この管理責任とは、地域住民等の第三者に対する責任ではなく、あくまでも相続人間での責任ですので、上記の例でいうと、「故人の配偶者や子が、故人の兄弟に対して、空き家を損傷しないように管理しておく」という意味になります。

昨今では、地方自治体から相続放棄をした者に対して、上記のような責任を指摘されることがあるようですが、相続放棄者は、空き家に関する管理者として努力義務はあるものの、相続人ではない市町村長からの助言・指導・勧告に従う理由はありません(国土交通省住宅局住宅総合整備課及び総務省地域創造グループ地域振興室 平成27年12月25日付け事務連絡)。

さらに、この管理責任については、令和5年4月1日より改正法が施行され、現行法よりも責任は軽くなる予定です。この点については、後日詳説いたします。

相続放棄をした後は原則撤回は不可能。

一度行った相続放棄は、たとえ熟慮期間内であったとしても、撤回することはできません(民法919条第1項)。

前述のように、相続放棄をすると、次の順位の相続人へ相続資格が移っていくので、相続関係が変わります。
相続関係が変わるということは、相続放棄をした後に「やっぱりやめた」と自由に撤回を許してしまうと、相続関係が定まらず、不安定な状態になってしまいます。

それゆえに、たとえ熟慮期間内であったとしても、一度なされた相続放棄は撤回することはできません。
ただし、家庭裁判所に相続放棄の申述をしてから、家庭裁判所に受理されるまでの間は、相続放棄の取り下げが認められています。

相続放棄をするかどうかは、慎重に検討する必要があります。

単純承認をした後は、相続放棄できない。

相続人が相続をするかどうかを決める3つの選択肢のうち、すべての相続財産を承継することを「単純承認」といいます。この「単純承認」をしたあとは、相続放棄をすることはできません。

「すべての相続財産を承継する(単純承認)」と言っておきながら、「やっぱりすべての財産を承継しない(相続放棄)」ということは、利害関係人や相続人に大きな影響を与えるからです。

ここで注意すべきことは、単純承認は、するかしないかを意思表示せずとも、一定の行為や事実によって、自動的に単純承認とみなされてしまうということです。

つまり、相続放棄をする可能性があるときは、単純承認とみなされる行為をしないように気をつける必要があります。

単純承認とみなされる行為とは、相続人が相続財産の全部又は一部を処分することを指します(民法921条第1項)。

例えば、相続財産である預貯金の一部を使ってしまったり、建物を取り壊してしまったりすることです。
相続放棄をするかどうか検討している段階では、相続財産には手を付けないようにすることが無難です。

まとめ

相続放棄は、一切の相続財産を承継しないという効果を持っているので、慎重に検討していく必要があります。
本記事では、どのような点に注意すべきかをまとめていきました。

この記事でお伝えしたかったことは以下の4点です。
・相続放棄をした後に相続人になる人を意識する。
・相続放棄をしても、財産の管理責任は残ることに注意する。
・相続放棄をすると、撤回ができない。
・相続財産に手を付けると、相続放棄できない可能性がある。

少しでも参考になれば幸いです。
当事務所では、初回面談無料でご相談を承っております。
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この記事の執筆者

司法書士・行政書士
富岡淳


早稲田大学法学部卒業後、都内の司法書士事務所、弁護士法人及び司法書士法人にて研鑽を積み、司法書士・行政書士事務所ビスポークオフィスを開設。総合的な知識で多角的にお客様をサポートすることがモットー。